memo
2024年8月28日(水) 23:21:52
更新は30日か31日にやります。
7月から今月にかけてぼちぼち演劇を見て来たので今日は感想でもやろうと思います。
だらだら長い。
「カラクリヌード」
札幌ハムプロジェクトの公演。大人のおとぎ話系ファンタジーSF。
舞台は未来の日本。資源も国力も乏しくなった日本は戦闘用ロボットの輸出で辛うじて国を維持しており、富裕層は地上6000mの高層ビル「空のクジラ」で暮らし、それ以外の一般人や採掘用ロボット「モグラ」は地下6000mで暮らす。地下では鉄の採掘をするものの、資源は枯渇してきておりモグラはクローンと鉄で生産されるようになる。そんな中、旧式のロボットゼロ助は人間のリコに恋心を抱く。ゼロ助は仕事場の工場長と共に戦地に送られることになるがリコに会うために自らを殺戮カラクリに改造して地下を掘り進む。一方地上6000mに住むリコもゼロ助を呼び掛けるが彼に通信がつながることはない。日々の生活に心を蝕まれたリコは今日も地下に通信する。
とかそんな感じの話…で多分良いような。
実際のところはゼロ助とリコを中心にした群像劇で、ゼロ助の働いている工場の工場長とかリコの友人件使用人(?)のテンコとか、リコの夫である総理大臣とか亡くなったリコの母親まで出てきて物語の情報量そのものは結構多いです。視覚的な要素は凄くシンプルだけど。
かなり独特の作品ではあって、まず舞台にセットはなく役者はほぼ全員上下黒の衣装しか来ていない。で、小道具もほぼなくあるのは作中のキーアイテムである「ホットバッジ」と呼ばれる発行体。見た目は多分ミニペンライト的なもの。このホットバッジは持ち主の生体情報を記録させておくもので且つ通信も可能というアイテム。結婚相手を見つける時などはお互いのホットバッジを近づけると、遺伝情報的にふさわしい相手であればお互いのホットバッジが光る、とそういうものらしい。
ちなみにこの舞台効果音とかも全然なくて役者が口で言っている。音楽は生演奏。今回の舞台はダンサーの人も参加して今までの公演よりも更に完成度が上がったのだとか。ダンサーの人のダンスは確かに上手かった。バレエみたいなポーズしたり、立ち上がる時の所作なんかも目を引く感じ。でも演技もそんなに違和感がなくてその辺も凄いなと思った。
キャストはダブルキャストというよりは同じ構成員でシャッフルしてAキャスト、Bキャストとしているみたいだった。なんとか行けるギリギリの日程で行ってきたけどとりあえずゼロ助が小林エレキ、リコが縣梨恵の日に行ってきた。エレキさんはエレキ節全開というよりは少し抑え気味の演技だった。「人殺し機能を搭載致しましたー!」って言ってるあたりはエレキ節だなあと思った。縣さんの方はリコのイライラする演技とか凄い良かった。「幸せになれって親に呪われたの!」って病んでグチグチ言ってるあたりとか、観客としてはうわーってなる感じとか良かった。ちなみにその辺のうだうだ言ってるのはタネというクローン人間の子に全部ツッコミ入れられるので、イライラして終わりって話ではないんだけどね。タネ可愛い。最後はあっけなかった。リコも文句言いながらも最後は頑張った。
ちなみにこの作品、時系列は結構前後しているし、役者の台詞も全員で叫んでいたりするシーンも多くて分かりづらい部分も多い。ただ、あえてそうしているんだろうなとは思う。役者の力だけで見せる舞台で通常の舞台作品と比べると情報が乏しい分、見ているこちらも凄い真剣に見るし。見ているとものすごいエネルギーを感じる。
で、最後になるけど去年観た同じハムプロの「黄昏ジャイグルデイバ」といい、今回の「カラクリヌード」と言い、多分自分はこの脚本家兼演出家(兼役者)のすがの公って人の作る作品が好きなんだと思う。だから去年仕事の都合等で見られなかったけど「象に釘」やっぱ観とけば良かったなー…というか、いや、あの時は無理だったから仕方がなかったんだけど。
見た目に反してっていうのはあれだけど、作る作品は結構両性的というか中性的な感じがする。女性の描写とか上手いんだよね。「カラクリヌード」のリコといい、ノートンギャラリーってサイトで聞けるボイスドラマの「月の約束」の女子中学生の良い意味で可愛くない感じといい。あと「黄昏ジャイグルデイバ」の主人公の誠の亡くなった友人へのちょっと執着的な思いとか。作品そのものは叙情的でちょっとロマンチックでどこかファンタジックというか。…うーん。ぼんやりしてんな、なんか。
ハムプロまた観たいなあ。
ちなみに札幌以外の公演も結構しているそうで、札幌の劇団では道外でも観劇しやすい劇団の一つかと思う。
「西線11条のアリア」
札幌座の公演。札幌都市伝説風人情物語。
札幌市内で亡くなった人は西線11条の市電の駅においでよ。最後の晩餐と死出の電車が待っているよ、みたいなそんな感じの話。まあ、中盤位のネタバレをあっさり言ってはいるんですが、序盤はともかく中盤まで行くとあー、やっぱりって感じだし、そこが分かってつまらなくなる話でもないので。
主人公は東京から出張で札幌に来たサラリーマン。ループ化前の市電の駅ですすきのに行こうとしたところ、次から次へと人が集まって来るものの、なぜか皆駅で降りてどこへも行こうとしない。しかも市電の駅のコンセントに炊飯器のコードを繋いで米まで炊く始末。気になって宿泊先のホテルに帰れないじゃないか!と最後まで彼らの様子を見届けることにした。そんな札幌の冬のある日のファンタジーを描いた一幕ものの作品。
過去の札幌演劇シーズンでも再演されていて人気の高い作品だということで、以前から気になっていたんだけど結論を言うとこれも観に行って良かった作品だった。泣くよりもクスっと笑ってることの方が多かったくらいだけど、最後まで観ると良い物観たなーみたいな気分になる作品だと思った。
因みにタイトルはバッハの「G線上のアリア」に掛けているようでオープニングとエンディングでは楽団のG線上のアリアが演奏されていた。鍵盤ハーモニカとか入っているし、とんでもなく上手な演奏!というわけではないんだけど、むしろ上手くない方が演劇の作品の温かみみたいのが経調される感じがして良いと思った。エンディングで拡声器で歌う磯貝圭子も良いなと思った。
ちなみに磯貝さんは亡くなった知的障害の弟の見送りに来た姉役。一度弟に炊飯器を渡して帰宅しようとするんだけど、水渡すの忘れたとか言って気になって戻ってきて最後まで見送っちゃうんだよね。
で、なんで炊飯器を持っていたのかというと、亡くなった人達全員で最後の晩餐をするため。ちなみに本当に舞台で米炊いて、本当におかず乗っけてご飯食べる。おいしそうだった。
ちなみにご飯が炊けるまではみんな凄い緩い感じで話をしていて、でもここにいる全員死んだ人なんだと知ると、やっぱり死んだらどうなるのかとかどこに行くのかとかそんな話にもなる。生まれ変わりがあるとしたら何になりたいか、という質問には結局道産子が良いなとか、でも景気悪いしなんでだろうねとか言いながら待ってる訳で。たまに現れる市電クイズとか体を張ったササラ電車とか楽しかった。
いよいよ死出の電車が来た時はやっぱりしんみりするんだけど、自称アーティストのお姉さんがただの結婚詐欺師だったのが分かったり、弟の死因がなんだか間抜けだったりするのが可笑しい。電車はどこへ行くんだろうね。
電車が出た後にサラリーマンと弟を見送りに来た女性は炊飯器に残ったご飯を食べる。女性が亡くなった人たちの食べたご飯茶碗には一粒もお米が残ってないのを見て「悪い人も不注意な人もいたけど、生きているというのはそれだけで立派だと思う」と言うラストシーン。このセリフだけ言ってしまうとちょっとお涙頂戴っぽくも見えるんだけど、それまでの物語があってこその名セリフ、名シーンって感じなのでこの物語のラストとしては最高だなーと思う。創作はこうであってほしいが詰まってるなと思う。
名作プログラムということらしいし、多分また今後再演される可能性はあるんじゃないかと思う。
どこかで観られそうだったら観てください。名作なんで。